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こんにちは。それでは『男子校生の中学受験のすゝめ』始まりまーす(^O^)/
no1は受験を選択したキッカケについてです。

私は出身は東京なのですが、年長から3年間、父の転勤で長野市にいました。長野市は360度山に囲まれた盆地です。空気は東京都は比べ物にならないほど空気がキレイでした。それはぜんそくがなおるほどのです。
私たちは長野市街に住んでいました。長野駅からは車で20分はかかり、移動は殆ど車。あと30分に一本のバスがありましたが、そのあと一時間に一本に減便され、たとえ県庁所在地の街とはいえ地方財政の苦しさを痛感した次第であります。また近くには、お味噌シェア日本一で知られる「マルコメ味噌」の本社があり、夕方になると味噌の豆を煮る匂いが町中に漂っていました。

一方、小学校は1年生の頃学級崩壊が発生。そのクラスも教育に関心がある保護者は少なく、中には「学級崩壊の何がおかしいのかしら。」「子供は元気が一番。」「勉強できなくとも元気に過ごせればそれでよい。」という保護者も居たようです。その頃から母は公立学校に疑問を抱いていたようです。その次の年は学校で一番厳しい(?)先生が来て収まりましたが(ー ー;)

私は放課後は近所の友達と空き地でサッカーや、用水路で水遊びしたりと、とにかく毎日遊びました。あの頃は近所に宅地造成用の空き地がいっぱいありましたんで本当に十分に遊べました。だからゲームなんか殆どしませんでした。今も持っていません。(半分自慢)

学校の遠足では、1年生なのに15kmは歩かせられました。
そして、私は小学一年生からスキーをやりはじめました。スキーは車で50分の白馬村に行きました。ものすごい回数行ったので、我ながらかなり上達しました。
長野市は長野オリンピックの開催地ですので、スポーツにとても触れることができたのです。


三年の月日は経ち東京へ戻ってきました。やはり、都会は空気が汚く、忙しいデスが、やはり教育面は東京が発展していることを知りました。東京ではクラスの3分の1が受験をします。みんな小5の頃から、受験塾に通うことも、あの頃の大きなカルチャーショックでした。

引っ越してきたばかりのころ、母に受験をしないかと持ちかけられました。


じぶんの思い出ばなしみたいになってしまいましたね。すみません^^;

続きは次回に回すことにしましょう。
ご静聴ありがとうございました。
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